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日本の為替相場の歴史を徹底解説!③(神武景気~ニクソンショック)

みなさん、こんにちは。 今日は、日本の戦後の為替相場の歴史について考察していきます。

戦後日本の急成長は政府主導による計画経済「ビッグプッシュ型」経済によってもたらされた!

戦後日本は、ハイパーインフレを経験し、その後朝鮮戦争特需で超回復をしていきました。

※その内容は以下を参照ください!

takewoinvestment.hatenablog.com

 

通商産業省の影の大活躍!神武景気の到来

よく朝鮮戦争の特需により日本経済は完全に回復したといわれていますが、きっかけではありますが、もちろんそれだけで回復できるほど経済は簡単ではありません。

日本経済が、このあと高度経済成長にすすんでいくこととなったのは、通商産業省の尽力があります。

通商産業省は、傾斜生産方式という方式を参照し、「鉄鋼」と「石炭」、「電力」、「海運」に融資の優遇を行いました。

これらの産業に低金利の資金を供給するだけでなく、各業界に合理化計画を策定させました。さらに、業界の計画よりも強気で生産と輸出を伸ばすよう指導したのです。こうして日本の製造業は、熟練工による少量生産から工場のベルトコンベアによる大量生産へとシフトしていきます。

こうした指導が功を奏し、1950年代後半には各業界で積極的に設備投資が行われるようになりました。また、業界内での競争が激化したことも設備投資の増大につながりました。

この時期の景気工場を「神武景気」と呼ばれます。

「国際収支の天井」が経済成長を阻む!?

しかし、このような内需中心の高度成長には大きな壁が存在します。

「国際収支の天井」という制約です。

景気が拡大すると輸入が増え貿易収支が赤字に転落するという事態になります。

赤字が増えると円資金をドルに替え対外支払いが増えることになりますが、固定相場制の下では1ドル=360円を維持する義務があるため、外貨準備が減少すると、この内需拡大を止めざるを得ない状況になります。

このような貿易収支の悪化を契機に景気が後退していき、「神武景気」は終わることとなります。

 

ザ・高度経済長(国際収支の天井の突破、人口ボーナス期の突入)

日本経済は、この「国際収支の天井」も突破していきます。

当初は綿製品や雑貨のウエイトが高かったが、次第に鉄鋼製品・船舶へ、さらに機械・電子機器などに変化していきます。こうした変化は、わが国の輸出が需要の所得弾力性の強い分野へ移っていったことを意味し、その後貿易収支の黒字を恒常化させていけることができました。

こうして「国際収支の天井」を突破した日本経済は、さらに強い投資需要や消費需要に主導され高い経済成長を達成していくこととなります。

また、さらに1960年代には「団塊の世代」が中学や高校を卒業し、労働市場に流れ込みました。人口に占める労働可能な人が多い「人口ボーナス期」に入ったのです。働き盛りの人は生産活動を行うだけでなく、消費活動も旺盛です。そのため人口ボーナス期に突入した我が国は力強い経済成長を続けていきます。

 

そんな中起こる「ニクソンショック」!!!

このように、日本やヨーロッパが圧倒的な経済復興を進めていく中で、インフレや朝鮮戦争ベトナム戦争の疲れで疲弊したアメリカは、国際競争力が低下していき、さらに、1958年ころから貿易収支が赤字に転落するようになってきました。

アメリカが貿易赤字になると、ドルの国外流出にともない、金も流出。ドルの価値を担保していた金が不足して、基軸通貨としてのドルの信頼性が揺らぐこととなるのです。

アメリカにおいても、自国で保有する金がどんどん減っていくことで、インフレを加速させていくこととなります。

当時のニクソン大統領は、各国の要請に応じてドルを金と交換することができなくなったため、1971年8月15日、金とドルの交換停止を発表した。

 

まとめ

神武景気からニクソンショックまでを考察してきました。

なかなか難しいないようでしたね。次回は、ニクソンショックからプラザ合意までを考察していきたいと思います。

 

 

 

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