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日本の為替相場の歴史を徹底解説!②(戦後ハイパーインフレ~朝鮮戦争)

為替相場

みなさん、こんにちは。 今日は、日本の戦後の為替相場の歴史について考察していきます。

 

前回、日本の戦後、ハイパーインフレまでについて考察してきました。

takewoinvestment.hatenablog.com

今回は、日本の為替相場の歴史について、深く考察していきたいと思います。

前回、世界の中の日本について、戦後のインフレーションについて考察しました。

このインフレーションの解消から考察していきます。

 

ドッジラインによるインフレからの脱却、固定相場制の導入へ

第2次世界大戦後、東西両陣営の対立が鮮明になりました。

また、1950年に朝鮮戦争が始まるなど、日本周辺も同じような状況になってきたことから、GHQ連合国軍総司令部)の経済政策も日本の民主化から安定化・自立化へと転換していくこととなりました。

1948(昭和23)年12月には「経済安定9原則」の実施が日本政府に指令され、これに沿った経済安定化政策を指導するため、1949年2月1日にデトロイト銀行頭取ジョセフ・ドッジが公使兼GHQ財政顧問として来日した。

ドッジ公使は、「ドッジ・ライン」と呼ばれる一連の経済安定化政策を進めました。

主な施策として、

「超緊縮予算」
「1ドル=160 ~600円であった複数レート制の改正による、1ドル=360円の単一為替レートの設定」
「物資統制と価格統制の漸次廃止、自由競争の促進」

が挙げられます。

一転デフレへ、労働組合との熾烈な闘争

この施策を行うことにより、市場の機能改善、単一為替レートによる日本経済の国際市場への復帰などによりインフレは終息していきます。しかし、あまりにも苛烈な施策によって、市場での通貨数量の急速な収縮により、政府の見かけ上のプライマリーバランスは保たれるようになりましたが、企業の倒産と失業者が増大し、社会が大きく混乱していくようになります。

大企業は、従業員の首切り・合理化を推し進めていくこととなりますが、労働組合との熾烈な闘争に発展していきます。

特に、60万人の組合員を擁する国鉄労働組合国労)は、その中心勢力でありました。

 

朝鮮特需によるドッジ不況の終焉

ドッジ・ラインによるデフレ効果を一変させたのが、昭和二十五年に始まった朝鮮戦争による特需でありました。韓国に最も近い日本には、出動する米軍の緊急軍需品が発注され、その支払いがドルでなされることになりました。

外貨不足に悩んでいた日本にとって、この特需収入は経済復興に大きな効果を上げることになりました。これにより企業の収益率は急騰し、賃金も目に見えて上昇していきました。このことにより、ドッジ・ライン当時の不況が一転して特需ブームになっていったんです。

 

為替相場にも歴史あり。次回はニクソンショックまでを解説

はい、みなさん、いかがでしたでしょうか?

戦後は、インフレに陥ったなんでことは筆者もあまり知りませんでした。

次回以降も一緒に考察していきましょう!

 

 

 

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